1972年4月、大阪市に2輪車用品の輸出入会社「阿部商事(株)」としてスタート。
50年前、デイトナは倉庫の一画を借りて始まった。
DAYTONA
50th HISTORY
ヒストリー
デイトナが走り続けられる理由
創業者の阿部久夫(ヘンリー・アベ)が、アメリカ・フロリダ州デイトナ・ビーチで行われるバイクの祭典「デイトナウィーク」を初めて目にしたのは1970年のこと。
その壮大さと自由さに驚き、感動したことが、我われが『デイトナ』を名乗り、活動を始めた原点です。
それからおよそ半世紀、「なによりバイクが好き」という人間が集まり「バイク文化を創造する」を合い言葉にバイクのカスタムパーツや用品を企画・開発・販売するメーカーとして国内外にバイクの楽しさを発信してきました。
デイトナには制服がありません。自由な社風の中でバイクの楽しさの提案が生まれています。しかし、その自由は、スタッフが自らを律し、周囲への配慮を自覚することで手にしています。それは同時に、社会の秩序を乱すことのない合法的なカスタマイズに通じています。バイクを愛するがゆえ、バイクを裏切らず、自由に、まじめに、創造し挑戦する──これが、『デイトナ』の走り続けられる理由なのです。
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1972
(昭和47年) -
1973
(昭和48年) -
1974
(昭和49年)ブランド名「デイトナ」の使用開始。当時のロゴはワシの翼をデザインした、アメリカを意識したものだった。
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1975
(昭和50年)日本で初めてアルミ合金製「セブンスターキャストホイール」の販売を開始。
以後バイクメーカーでも純正にアルミホイールを採用。
バイク用のアルミホイールがなかった時代、超斬新だったセブンスターホイール。カスタムに敏感なライダーに支持された。 -
1976
(昭和51年)本社を静岡県磐田市に移転。
1984年当時のデイトナ本社。バイク好きの若者がゾクゾク入社してきた。 -
1977
(昭和52年) -
1978
(昭和53年) -
1979
(昭和54年)アメリカンバイク用のパーツを開発。同時に国内での販売も開始した。
日本製のアフターパーツがほとんどなかった時代。アメリカンバイクのライダーが熱狂した。 -
1980
(昭和55年)アメリカンパーツの国内販売が軌道にのったため、国内マーケット向けの販売部門を創設。
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1981
(昭和56年)「デイトナカタログ」創刊。
以後、とぎれることなく毎年発刊を続ける。
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1982
(昭和57年)スポーツバイク用パーツとしてステアリングダンパー、スタビライザーを開発・販売。
まだ操安性が悪かった当時のバイクに、ステダンやスタビは効果的だった。 -
1983
(昭和58年)販売店向けのデイトナ新商品ニュース「DAYTONA LOVE LETTER」を創刊。
今でも毎月1回、最新の商品情報を全国の販売店に向けてリリース中。 -
1984
(昭和59年)ディスクブレーキ用のブレーキパッド(通称「赤パッド」)を発売。
純正パッドしか選択できなかった時、低コスト&高制動力のパッドとして登場。
登場して38年の現在でも、赤パッドはブレーキマーケット内で高いシェアをキープ。 -
1985
(昭和60年)社名を「株式会社デイトナ」に変更。本社を磐田市岩井に移転。ロゴもおなじみの現在のカタチに。開発用の設備も整い、ココから数多くのパーツがリリースされた。
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1986
(昭和61年)「TEAM DAYTONA」として全日本選手権に参戦開始。
ライダーはオーストラリア人のスティーブ・ワッツ。 -
1987
(昭和62年)新ブランド「デイトナギヤー」から、バイク用のアクセサリやグッズを発売。
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1988
(昭和63年)より高精度、高性能な商品をつくるため本社地階にエンジン動力計とシャーシダイナモを設備。
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1989
(平成元年)バイクの社会的な認知を進めるため、全国二輪用品連合会(JMCA)が発足し理事会社に就任。89年の改造部品問題(スピード違反幇助)を機に、改造に関する法律を徹底的に検証。これによりアフターパーツの合法・違法のモヤモヤが次第にハッキリとしてきた。
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1990
(平成2年)商品管理、配送業務の合理化をはかるため浜松市高丘町に物流センターを設置。
ライダーが安心して改造できるよう、パーツごとの法律判断をカタログに掲載。超小型&軽量のイタリアンバイク「Di Blasi」を輸入販売。
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1991
(平成3年)各メーカーがカスタムベースとなる車両を次々と発売。それらに対応すべく、チューンナップのテキストとして、車種別のチューンナップカタログを創刊。自分のバイク専用なので、どんなパーツをどうやって付ければ良いのか一目瞭然。
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1992
(平成4年)ライダーの生の声に接するため、バイク用品の小売事業を目的とした「株式会社ライコランド」を設立。
都市圏郊外に大型量販店を開設することで、多くのライダーがツーリングなどを兼ねて、多用途、多目的に集えるようになった。
これ以降、デイトナ本社も現場の声を取り入れながら、次世代のバイク文化の創造に向けて、さらなる挑戦を続けることになった。 -
1993
(平成5年)バイクと感覚の近いユーノスロードスターで商品をラインナップ。
バイク用品店としては国内最大規模の「ライコランド千葉店(現:柏店)」がオープン。
スティード用スプリンガーフォークを発売。 -
1994
(平成6年)物流センターを袋井市堀越に移転。
物価の高い日本でも欧米に負けない価格と品質のパーツを提供するため「国際価格シリーズ」を発売。チャンバー、マフラー、パッド等の国際価格商品を続々発売。 -
1995
(平成7年)全日本ロードレース選手権SUGO大会GP250クラスで、チームデイトナ宮崎敦選手のアプリリアRSV250Rがワークスマシンをおさえて初優勝。
モンキー専用パーツ発売開始。これ以降、毎年のようにモンキー専用のパーツを開発し、4ストミニカスタムの新しいジャンルを開拓していく。※規制緩和により、保安基準に適合していればアフターパーツであっても改造申請が不要となった。
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1996
(平成8年)車検制度の見直しによりカスタムマシンが車検OKに。
これを記念して、総額1,000万円プレゼントキャンペーンを実施。 -
1997
(平成9年)「ベーシックで質感のあるバイク」を求めて、BSA-SRをイギリスのBSAリーガル社と共同企画、生産。BSAが新車で乗れる。トラディショナルなバイクファンに好評を博した。
インターネット上にDAYTONAホームページを開設。※この年よりカタログを
車種ジャンル別に分冊化。 -
1998
(平成10年)ライコランドの2号店として「ライコランド埼玉店」がオープン。
4輪事業部のディーキャトロより乗り心地の良いローダウンスプリング「困ったら、Σβ180」を発売。ファミリー向けのローダウンスプリングとしてΣβ180は大ブレーク。 -
1999
(平成11年)バイクのジャンル毎により良い商品企画ができるよう2輪事業部にグループ制を導入。
「デイトナ友の会」を発足させ、バイク盗難補償制度をスタート。カスタムバイクも対象となる初めての盗難補償制度。多発するバイク盗難によるユーザーの不安を軽減すべく企画導入した。 -
2000
(平成12年)インターネット上でのライダー向けの各種サービスや情報提供を目的として「株式会社ネットライダーズ・デイトナ」設立。
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2001
(平成13年)周智郡森町に新社屋・物流センター・テストコース完成。
総面積約29,500坪。多くのライダーが集まってのイベントや走行会も定期的に開催。大人気のダートラ競技用のコース「MORIMACHI-SLIDE PARK」も併設。
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2002
(平成14年)SKYY VODKA GRAND PRIX OF JAPAN GP250で「TEAM MOTOREX DAYTONA」宮崎敦選手がついに世界戦初優勝!
4stミニ用エンジン、4バルブツインカムを発売。
バイクの新しい楽しみ方を提案したライドコムが大人気。 -
2003
(平成15年)2輪事業部長の鈴木紳一郎が代表取締役副社長に就任。
日本人が気持ちよく乗れるハーレーをコンセプトに、パーツの企画販売を開始。バイクに乗る快適性と楽しみを追求した商品、COZYシートが大ヒット。
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2004
(平成16年)カスタムパーツだけに拘らず、快適なライディングのために、ジャケットやグローブ、ライドコムなどのツーリング関連グッズを充実。「SPARCO」ライディングウェア、ネオプレングラブ「RIDEMITT」等、パーツ以外の商品を拡充。
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2005
(平成17年)創業者の阿部久夫が代表取締役会長に、副社長の鈴木紳一郎が代表取締役社長に就任。
海外事業部を二輪事業部と統合し、世界視野での展開を強化。
ツーリンググループとメンテナンスグループを新設。 -
2006
(平成18年)当時、開催2年目を迎えた鈴鹿ミニモトに初参戦。
開発中のSOHC4バルブヘッドを装着し139台出走中総合4位。(4ストでは2位)
主力商品の赤パッドを大幅リニューアル。材質、バックプレート、パッケージを一新。
二輪ETC時代の幕開け、アフターパーツメーカーでは唯一セットアップ事業者認定されETC機器の供給を開始。大人のライダーを対象に『HENLY BEGINS』ブランドでジャケット、パンツをリリース。
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2007
(平成19年)インドネシア市場でのオリジナル商品の企画・開発・販売を行なうために現地法人PT.DAYTONA AZIAを設立。
高品質レザーシリーズ「革鎧」を発売。
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2008
(平成20年)台湾市場でのオリジナル商品の企画・開発を行なうために台湾支店を開設。
ライドコミュニケーション「COOL ROBO」、「TPチェッカー」、無双< MUSO >シリーズ、防眩・広視界ブルーミラー「Blind Buster」をリリース。 -
2009
(平成21年)お客様に支持いただける独創的な商品を生み出すために、企画力、開発力、調達力という機能強化を目的にした機能別組織に変更。
11月1日、本社テストコースを開放し、第1回 DAYTONA森町・静岡茶ミーティング with Bike JIN開催。
アメリカ・ラスベガスで開催された「MiniMoto SX」にてDOHC 4VALVE TWINCAM HEADを搭載したCRF50が5連覇を達成。 -
2010
(平成22年)ハーレー用カスタマイズパーツの開発に注力するため、ハーレー&カスタムグループを新設。
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2011
(平成23年)第3回 DAYTONA森町・静岡 茶ミーティング開催。1500名を超えるお客様にご来場いただきました。
ヨーロッパデザインによるハイスペックな電動アシストサイクル「A2B」の輸入、販売を開始。※この年より表紙をイラストレーター・世太郎氏が担当。以降デイトナの顔として度々登場。
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2012
(平成24年)二輪事業部の商品グループをカスタム、ツーリング、リプレイス、ライディングギアの4グループに集約。
ライコランド多摩店移転オープン。千葉湾岸店閉店。 -
2013
(平成25年)東京ビッグサイトで開催の東京モーターサイクルショーに、過去最大の18小間でブース出展。
ヨーロッパNo.1ヘルメット「NOLAN」取扱開始。
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2014
(平成26年)デイトナモーターサイクルガレージシリーズを発売。
ヨーロッパ車純正装着率No.1、REGINAチェーンの取扱を開始。 -
2015
(平成27年)「360°アクションカメラ KODAK PIXPRO SP360」取扱開始。
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2016
(平成28年)社長の鈴木紳一郎が代表取締役会長に、二輪事業部長の織田哲司が代表取締役社長に就任。
お客様と相互コミュニケーションを図るための開発会員制度を開始。 -
2017
(平成29年)株式会社ダートフリーク、株式会社プラスを完全子会社化。
バイクに特化したフリーマーケットアプリ「ブンブン!マーケット」配信開始。 -
2018
(平成30年)新商品情報の発信や、商品バーコードから商品情報を閲覧できるデイトナ公式アプリ配信開始。
ブルートゥースインカムDT-O1発売開始。無駄を省いた高性能除雪機「DS-9260」を発売。
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2019
(令和元年)Paaschburg & Wunderlich GmbHとの間で業務提携契約を締結。
リンク式サスペンションを搭載した耕うん機「DC2S」を発売。 -
2020
(令和2年)ライダー向けアウトドアブランド「DAYTONA OUTDOOR SUPPLY」から、キャンプ用品をリリース。
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2021
(令和3年)デイトナの今がわかるウェブメディア「デイトナウ!」配信開始。
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2022
(令和4年)デイトナ創業50周年。
SBSテレビ「ヨエロスンE」番組提供、CM放送開始。